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リンネルの手ぬぐい

 必要があってソフィ・オクサネン「粛清」を読みなおしていて,日本語訳でまた面白い「誤訳」に気づいてしまった。

 「ナイフの音があざけるように響く」という章(pp.43-49)は,身体を洗ってきたザーラが部屋に戻ってくる場面から始まる。


リンネルの手ぬぐいの下から,娘の脚の青みがかったあざが見えている。さっきまで靴下で隠されていた脚や腕が,いまはむき出しになって濡れ,鳥肌が立っていた。(p.43)

 この場面を想像して,どこかおかしいことに気づいただろうか。アリーデの家ではサウナが壊れていたようだし,田舎の古い家にシャワーがあった可能性は低いので,あるいは行水だったかもしれないが,女性はふつう,身体を洗ったあと,胸から太もものあたりまでが隠れるようなバスタオルを身体に巻いて現れるはずである。ただし,アリーデの家には,ふかふかのバスタオルはなくて,大きな麻織り(リネン)のタオルだったと思われる。女性のアリーデが相手とはいえ,いくらなんでも,若い娘が手ぬぐいだけの裸同然の姿で,他人の前に姿を現すはずがない。いずれにしても,アリーデの目に入ったのは,ザーラがタオルで隠すことができなかった脚のアザや,胸の傷跡なのだと考えないと,この段落全体の話が通じない。ちなみに,フィンランド語の原文はこうなっている。

Pellavapyyhkeen alta näkyivät tytön sinelmäiset sääret. Sukkahousut olivat himmentäneet jälkiä, mutta nyt sääret ja käsivarret olivat paljaina, kananlihalla ja kylvystä vielä kosteina. (s. 45)
 リネンのタオルの下から,娘のアザで青黒い脚が見えた。パンティーストッキングで傷跡がはっきり見えなかったのが,今は,すねや腕が裸になって,鳥肌が立ち,湯上りでまだしっとり濡れていた。(拙訳)

The girl's black-and-blue legs showed under the linen towel. The stockings had hidden them, but now her arms and legs were bare, goosefleshed and still damp from the bath. (p.39)

 たしかに,フィンランド語は pyyhe, 英語は towel となっていて,大きさは指定していないから,手ぬぐいだった可能性は残るのだが,日本語訳をそのまま読んで,もう少し過激な情景を思い浮かべた人は,ジャンルを間違えてしまったことを少し反省して,軌道修正をしてからもう一度この箇所を読みなおしてほしい。

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