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「父の国」と「母のことば」 - isänmaa ja äidinkieli

 日刊紙 Heksingin Sanomat の投書欄 (8/23) に,フィンランド国歌 Maamme の歌詞が男中心の考え方に基づいているという意見が掲載され,論議を呼んでいる。

 大衆紙 Ilta-Sanomat が水曜日(8/24),木曜日 (8/25) の2日間にわたってこのテーマとりあげたほか,当の Helsingin Sanomat の翌々日 (8/25) の紙面でも,最初の意見に対するコメントの意見が掲載された。

 記事:
  Laulujen sisältämä nationalismi otettava puheeksi kouluissa (HS Degilehti 2011/08/23)
  Laulujen sanat kertovat Suomen historiasta (Helsingin Sanomat 2011/08/25)
  Tyrmäys Maamme-laululle (Ilta-Sanomat 2011/08/24)
  Moderni Maamme (Ilta-Sanomat 2011/08/25)
 
 この議論は,フィンランド語を知らない人には何が問題なのかぴんと来ないと思われる。問題は2つの観点にまとめることができる。ひとつは,フィンランド語を含めたたいていのヨーロッパ語で,日本で言う「祖国」「母国」が「父の国」を意味することばで表されているという事実である。参考までに,言語については,「母の言葉」とする言語が圧倒的に多いようである。日本語は両方とも「母親」と関係付けて「母国」「母語」とするから,この点に関するかぎり欧米諸国が羨むだろうと思われるレベルの女性に敬意を払う伝統をもつ言語である。

 さて,祖国,母国に当たるフィンランド語は isänmaa だから,字義通りにとれば「父 (isä) の国 (maa)」であり,祖先,先祖にあたるフィンランド語は esi-isät だから,これも字義通りにとれば「先父」ということになる。つまり,国の起源や政治的な歴史を語る場合には,国を作り,守ってきたのは父親であるというディスコースが成立していることになる。

 もうひとつの問題点は,多くの国の国歌は,独立を戦争や革命によって勝ち取ったときに歌われた歌から国歌に昇格したという歴史的背景をもつから,当然,兵士たち(男たち!)をたたえ,彼らの士気を鼓舞し,愛国心をかきたてるものになっている点である。この場合にも,歌詞には女性たちが出てこない。この場合にとくに問題になるのは,愛国心を歌っているという性格のために,他民族を抑圧者として嫌悪したり,自分たちの民族の文化や伝統を賛美する内容になっている点で,これも,移民が増えてきた現代社会にそぐわなくなっているといえる。

 この議論の口火を切る意見を Helsingin Sanomat に送ったのは,トゥルク大学のジェンダー研究者 Taru Leppänen さんは,小学校の音楽の時間に国歌を子どもたちに歌わせて,愛国心を教える場合には,歌詞が男中心の世界を描いていることと,多民族に対する攻撃的・暴力的な姿勢を表明していることを明確にすべきだと主張している。

 英語で言えば,フェミニストによる PC (=politically correct) の議論だが,フィンランドではこの種の意見の表明は茶化されてしまう傾向がある。木曜日の Ilta-Sanomat 紙の記事には,あるジャーナリストの意見として,トイレを女性用・男性用に分けているように,国歌も,今の歌詞の「父」の部分を「母」に変えた女性バージョンを作って,それぞれが歌いわけではどうかという「提案」が載っている。変わっている箇所がわかりますか?


Oi maamme, Suomi, synnyinmaa, soi sana kultainen!
Ei laaksoa, ei kukkulaa, ei vettä rantaa rakkaampaa,
kuin kotimaa tää pohjoinen, maa kallis äitien!

Sun kukoistukses kuorestaan kerrankin puhkeaa,
viel lempemme saa nousemaan sun toivos, riemus loistossaan,
ja kerran, laulus synnyinmaa korekeemman kaiun saa.


また,ある作家が提示したという,国歌の歌詞のパロディー版まで載っている。

 この種のおふざけはともかく,国歌の歌詞の内容についての議論が公にできることはうらやましいと思う。今の日本ではとても無理である。ある向きからの非難を恐れつつも「君が代」に対する私見を述べさせていただければ,内容もさることながら,メロディーが現代社会にまったく合わないので,編曲してもう少し歯切れのよい歌にすることを検討してもいいのではないか。「君が代」は革命による独立獲得といった場面で歌われたという伝統がある歌ではないのだから,あまり神経質になるのは理屈に合わない気がする。憲法改正を主張する人たちがいるのだから,国歌の歌詞やメロディーを「改正」することを主張してもかまわないと思うのだが,いかがなものか。東北大震災や福島原発事故の後の日本の再生が問題になっている時期でもある。この際,少し見方を変えて,いろいろな議論がオープンにできる雰囲気を作つというのはどうだろうか。

 参考ページ: Maamme - フィンランド国歌 「わが国」

2011/08/24 付 Ilta-Sanomat 紙第一面
Ilta-Sanomat 24.08.2011
Yliopstion dosentti: Maame-laulu HAITAKSI LAPSILLE.


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