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ガソリンと灯油 (2) - bensiini ja petroli

 オクサネンの「粛清」 Sofi Oksanen: Puhdistus (2008) の英語訳 Purge (2010) が bensiini ガソリンと petroli 灯油を,両方とも gasoline と訳しているのが気になってしかたないという話をした。これはどうやらたまたま起こった誤訳ではなくて,訳者は一貫して petroli = bensiini としているようだ。それぞれが近いところにもう1箇所ずつ出てきたので,英語訳を参照してみた。

 関連ページ: ガソリンと灯油 - bensiini ja petroli (2010/10/17)

 まず,話しことばの bensa が使われている箇所だが,英語訳でも gas となっている。Zara と Aliide が向き合っている1992年の場面で,Paša はドイツに行ってからの Zara の「夫」で,逃げ出した彼女を BMV に乗って探している。この BMW は,後半で何度も「黒い車」として出てくる。英語訳では Pasha である。

Pašan auto ei menisi rikki, Pašan autosta ei loppuisi bensa, ... (s.102)
His car wouldn't break down, and it wouldn't run out of gas,... (p.101)
パシャの車は故障しないし,ガソリンが切れることもない

 次は,Aliide の回想する1940年当時の場面で,すでに戦争が始まり,ソビエト軍が国内にいる。当時も今も,彼女の父親の農場は機械化されていないようだし,当時,農家に自動車があったとはまず考えられないから,照明用や暖房用の油と考えるのが妥当である。しかし,英語訳は pertoli を gasoline と訳している。

... hän alkoi varastoida petrolia ja vaihtoi paperirahansa hopeaan ja kultaan. (s.126)
... he started to hoard gasoline and exchange his paper money for silver and gold. (p.126)
... 父親は灯油を蓄え始め,持っていた札を銀や金に両替えした

 参考までに,フィンランド語の文法を細かく叩き込まれた人は,この箇所に関して原文と英語訳との微妙な違いに気づくかもしれない。これも気づいてしまうと気になってしかたなくなる。原文では,接続詞 ja のあとの動詞 vaihtoi は過去形で,その目的語は paperirahansa と対格目的語である。つまり,alkoi 「始めた」は varastoida 「備蓄する」にかかっているだけで,父親はすべてのお札を金や銀に替えてしまったことになっている。英語訳をみると,接続詞 and のうしろの exchange は動詞の原形で,he started to hoard ... and exchange ... という構文である。つまり,父親がお札を金や銀に替え始めたと言っていることになる。この文を忠実にフィンランド語訳すると,ja vaihtaa paperirahojaan ... のように不定詞形と分格目的語を使うのが適当だから,原文とは意味がややずれてしまう。

 微妙な文法的区別の取り違えの方は細かいことで,全体の話の流れにほとんど影響するわけではないが,ガソリンと灯油だけは,1940年代の場面では,やはり区別してほしい気がする。

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