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ソフィ・オクサネン「粛清」 - Sofi Oksanen: Puhdistus

 ソフィ・オクサネンを読んで見ようという人のために,読書案内を書いてみる。ネットを検索しても,現在日本語では,作品の内容に踏み込んだきちんとした紹介がまだされていないようなので,少しは役に立つかと思われる。ただし,私は文学研究の専門家ではないので,作品紹介の作法を踏まえてはいないかもしれないことを,文学研究の専門家に対して,あらかじめお断りしておく。

 私の手元にあるのは,今年 (2010) になって刷られたペーパーバック版と,同じく今年出た英訳である。エストニア語訳は持っていないが,一応,ここに書誌情報を載せておく。

 Sofi Oksanen: Puhdistus. Helsinki: Werner Söderström Oy, 2008. 380 s.
 Sofi Oksanen: Purge. Translated by Lola Rogers. London: Atlantic Books, 2010. 390 pp.
 Sofi Oksanen: Puhastus. Tõlkinud Jan Kaus. Tallinn: Kirjastus Varrak, 2009. 318 lk.

 この作品は,5部から構成されていて,およその内容は次のようになっている。

 第1部 (100pp) Zara Aliide の前に現れる (1992),Zara の生い立ち (1991~1992)
 第2部 (100pp) Aliide と IngelHans: 独立時代 (1938~1939),スターリン時代 (1940~1950)
 第3部 ( 65pp) Aliide と Zara; Aliide と Hans; Zara の逃亡劇
 第4部 ( 55pp) Aliide と Zara; Aliide と Hans; Aliide の決心
 第5部 ( 25pp) KGB極秘資料 (架空)

Sofi Oksanen: Puhdistus (2008) 主要登場人物は,主人公の Aliide Truu, 主人公の姉の Ingel, Ingel の夫 Hans, Ingel の孫娘 Zara である。Ingel は娘の Linda とともに,1949年にシベリアに強制連行されるが,Hans は強制連行を免れる。Hans は,Aliide によって匿われるが,1951年に「自殺」する。Aliide は 1992年の現在も,ずっと両親が住んでいた家に住んでいる。Zara は,Linda がウラジオストクで生んだ娘で,母親からは,私には叔母はいないと聞かされて育つが,祖母の Ingel からエストニア語を教えられ,叔母がいたことも知らされる。Zara は,故郷の町からだまされてドイツに売られ娼婦になるが,新しく商売を始めようとエストニアにやってきた「夫」に連れてこられたタリンで,取らされた客を殺して命からがら逃げだす。そして,下着に縫いつけて肌身離さず持っていた,祖母から貰った写真と住所を頼りに,Aliide の住む家の庭に明け方になってたどり着く。その朝,Aliide が庭に不審な「もの」があることに気づくところから小説は始まる。

 この作品は,舞台用に書かれた同名の戯曲がもとになっているため,比較的短いたくさんの章からなっている。目次がないので数えていないが,数十章あることは間違いない。そのひとつひとつに,出来事の起こった年,場所,章の見出しが書かれている。たとえば,一番最初の章は「1992 西エストニア ハエがいつも勝利者である」となっている。章の見出しは,章の内容を暗示しているのだが,ときに意味がよくわからないものもある。また,Zara が庭に現れてから,Aliide が重大な決心をする結末までは,ほんの数日のできごとなのだが,その間に, スターリン時代を中心とする Aliide の人生のさまざまな局面,ウラジオストクを出てからの Zara の生活の様々な場面が,ときに時系列を無視してちりばめられているので,最後まで読まないと物語全体の構成がつかめない。庭で横たわっているところを発見された Zara と Aliide の会話が本当に理解できるできるのは,Zara の夜の逃走劇が語られる第3部の終わりまで読んだとき,つまり 375ページの小説の280ページのあたりである。

 私はこの作品を変則的な読み方で読んでいる。1949年の6月,姉の Ingel が娘の Linda と一緒に強制連行され,空き家になった家に Aliide が夫の Martin と犬を連れて引っ越してくる章 (「1949 西エストニア Aliide は Ingel の結婚記念の毛布の一部を残しておく」) の途中まで英訳で読んだところで,フィンランド語原書に切り替えて,同じ章の始めから小説の終わりまでフィンランド語で読んだ。今,もう一度,小説の冒頭の章をフィンランド語で読み直しているが,最初に読んだときとでは,印象がまったく違っている。

 内容を余り詳しく話してしまうと,いわゆるネタバレになるので控えたいが,この小説は,主人公 Aliide の Hans に対する愛と,それが原因となって犯してしまった Ingel と Linda に対する裏切りに対する悔悟という2つの糸からなっていることくらいは明かしても恨まれないだろう。Zara の登場によって,Aliide は姉の Ingel と姪の Linda がまだ生きていることを知るが,そのことも彼女の最後の重大な決意に大きな影響を及ぼす。Aliide は Ingel を裏切ったことにより,自分が愛する Hans をも最後までだまし続ける結果になるのだが,この裏切りと嘘が行われた歴史的・社会的背景にスターリン体制を据えているところから,ソビエト時代のエストニア社会の暗部を批判したドキュメンタリ風の歴史小説であるかのように評す人たちもあるようだ。私は,そのような先入観は持たずに読むのが,この小説の正しい読み方だと思う。スターリン体制下のエストニア社会における人々の生活や人間関係の描写について,ヤーン・カプリンスキが「まったくわかっていない」的な厳しい評価を下しているのは,「間違った読み方」をしたためではないかと私は思う。

 本が出た 2008年に,新聞 Helsingin Sanomat の Lukupiiri というブログでこの小説が話題にされ,多くの読者が感想を寄せている。私もこれから読もうと思っているところなので,どんな内容が書き込まれているか,楽しみである。なお,この本の公式のホームページ (英語) がある。また,この作品はフィンランドでCD本にもなっている。

 公式ホームページ: sofioksanen - Purge (2008)

 次も参考にされたい。

 参考ページ: ベストセラー作家 - kirjanik Sofi Oksanen

【補足】 情報を加筆 (2010/12/14)

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コメント

今英訳とフィンランド語版を取り寄せて読んでいる最中なのですが、記事を読んでもっと読みたくなりました。英語から読んでがんばってフィンランド版に挑戦する方が面白く読めるのでしょうか。なにせ日本語版が出ていないのでフィンランド語に弱いものにしてはなかなかフィン語版単独で読むにはきついのです。

投稿: joulupukki | 2010年11月11日 (木) 03時04分

頑張ってください (!) 私は結局2回読んでしまいました。英語で0.5回,フィンランド語で1.5回です (笑) 日本語訳は当分期待しない方がよさそうです。しばらく前にオクサネンの公式ホームページを見た限りでは,日本からは誰も翻訳権を取得していなかったようなので。オクサネンは,女性が訳してほしいと言っているとどこかで読みました。でも,エストニア語訳は男性の訳者です。

物語は,Aliide と Zara の対話と,それぞれの回想とで構成され,Zara の祖母,つまり Aliide の姉の夫で,Aliide が生涯だたひとり愛した片思いの相手Hans の「獄中日記」の抜粋が各章の冒頭と,後半の本文の途中に挿入されています。

投稿: ブログの主 | 2010年11月11日 (木) 08時33分

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