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ケッコネンは田中角栄?

 ホテルの朝食のときに Iltasanomat (名前にもかかわらず朝読めるということは前日の夕方に発行されるということ) を手にしたら,ケッコネン大統領 Urho Kaleva Kekkonen (UKK) のことが載っていた。9月3日で,生誕110年を迎えるらしい。

 1956年から1981年まで,25年間も大統領の職にあった人だから,逸話も多い。私が初めてヘルシンキに住んだころは,ケッコネンが現役のときだったから,いろいろな話を聞いり,読んだりした。傑作はこれだ。

 「フィンランドは共和国で,大統領は民主的な選挙によって選出される。大統領の名前は Uho Kaleva Kekkonen である」

 なんとなく聞くとすんなりと納得してしまうが,ケッコネンが長期にわたって大統領の職にあり続けていることに対する批判なのだ。ちなみに,今のハロネン大統領は,ロシアの大統領と英語で話すらしいが,ケッコネンの時代には,フィンランド大統領はもちろん,側近もロシア語を操る人たちで固められていた。ソ連共産党の首脳たちと一緒にウォッカを飲みかわせる人でないと,フィンランドのトップに立てなかったということだ。興味のある人は,世界史の本をひもといて,米ソ冷戦時代のことを勉強して欲しい。

 新聞記事では,1970年前後に,ケッコネンの側近を務めた人に記者がいろんな話を聞いていたが,こんな逸話が残っているらしい。ケッコネン大統領が北フィンランドの田舎に行ったとき,村の女性が,食事中にいきなり大統領に面会を求めてきた。大統領は,席をたって食堂を出ると,戸口のところで,その女性の話をじっくり聞いた。話の内容は,彼女の住む集落には道路が通じていないから不便で困るといったようなものだった。大統領は頷いて聞いていたが,その後まもなく,その村落に道路が通じたという。

 私は,田中角栄をおもわず連想してしまったが,史実かどうかは別として,どちらも同じ時代の話である。フィンランドでも日本でも,カリスマ性のある大物政治家の最後の世代が見られた時代だったということだろう。

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