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タリンの「歌の原」について - Tallinna Lauluväljak

 インターネットで「歌の原」と「エストニア」をキーワードに指定して検索すると,たくさんのページがヒットする。たとえば,

 「広大なカドリオルク公園の中を東に通り抜けて少し行くと、高台から広い芝生席の向こうに見下ろす白いステージがあり、[...] ここは、5年ごとに開催されるエストニア最大の祭り、[...] 歌と踊りの祭典の場所、歌の原です。」(あるブログより)

 日本語の旅行ガイドブックなどで「歌の原」と呼ばれている広大な文化施設は,タリンの Kadriorg カトリオルク地区にあって,エストニア語で Tallinna Lauluväljak, 英語で Tallinn Song Festival Grounds と呼ばれている。5年ごとに開かれるエストニア全国合唱祭の会場として有名なこの施設は,合唱祭のときに観客席となる広い広場と,巨大なアーチで有名なステージのほかに,屋内施設も付属している。合唱祭のない時期にも,屋内施設・屋外施設とも,区分けして貸し出され,様々な催しに利用されている。

 施設名の後半の lauluväljak はもともと普通名詞で,この名前で呼ばれる様々な規模の広場はエストニアの各地にある。なお,タリンの lauluväljak は多目的の文化施設として運営されていて,最近は大文字で Lauluväljak と書き,タリンのこの施設をさす固有名のように扱われることが多い。

 エストニア語の lauluväljak は,歌を意味する laul と広場を意味する väljak を合わせて作った複合語である。とりあえず「広場」と訳してきたが,この väljak は,たとえばモスクワの「赤の広場」(エストニア語 Punane väljak) タリンの「自由の広場」 Vabaduse väljak のような町中の広場 (英語 square, フランス語 place, ドイツ語 Platz) のほかに,特定の目的のために作られた広大な場所,たとえば,spordiväljak スポーツ競技場のような「~場」と呼ばれる屋外空間施設も指すことのできる名詞である。実際,この施設の英語名が song festival grounds となっているのはそのためだが,英語で,たとえば野球場 (ball park) は baseball grounds とも呼ばれることを想いおこそう。英語ではこのほか,field が ground と同じような意味で用いられる。たとえば,サッカー場は football ground や soccer field と呼ばれる。

 さて,日本語で「原」というと,「草などの生えた平らで広い土地.野原.原っぱ.」で,たとえば「武蔵野の原」のように使う言葉である(明鏡国語辞典) 。エストニア語の väljak と,日本語の「原」はたしかに,平らな広い土地という点では共通するが,前者は人間が目的を持って作った施設であるのに対し,後者は,むしろ,人間が手を加えずに広がっている土地である。この意味で,lauluväljak を「歌の原」と訳すのは誤訳と言ったほうがいいのではないのかという気がずっとしている。

 なぜ「歌の原」という呼び名が生まれたのだろうか。これは,大方,lauluväljak の定番ロシア語訳が певческое поле となっていることに由来するのではないかと,私は考えている。エストニアで編纂された,エストニア語の対訳辞典としてはもっとも大きい「エス・露辞典」(Eesti-vene sõnaraamat / Эстонско-русский словарь, 全5巻, 1997-2009) は,この訳語を採用している。ロシア語の поле は英語の field とよく似ていて,手元の露和辞典の語義の配列に従えば「野原」「」「グラウンド」の意味で用いられる名詞である。余談になるが,テレビ朝日のニュース番組でエストニアがよく取り上げられた1990年代の初めころ,ある語り手が「歌の畑」と呼んでいたのを思い出すと,今でも笑いがこみ上げる。当時は笑って済ませられたが,この伝統が今も生き続けているとするとあまり好ましいとはいえない。

 この理由から,私は「合唱祭広場」ないしは「野外音楽場」のような呼び方に変えるべきだとずっと思ってきた。「野外音楽堂」とか「歌のステージ」というふうな言い換えも考えられるが,こう呼ぶと,アーチで有名なステージの部分 (laululava) しか指していないような気もするので,やはり「~場」を選びたい。

 地方都市の小規模な lauluväljak は,ステージ (laululava) のほかに観客席が作られており,野外劇場風になっていることが多い。インターネットで検索するとこんな写真が見付かる。

Keila lauluväljak
Keila lauluväljak


 タルトの合唱祭広場も円形劇場風である。実際に人が集まるとこんな感じになるらしい。

Tartus ja Lõuna-Eestis peeti sel nädalavahetusel Põhja- ja Baltimaade meestelaulu päevad (pildil laulavad laupäevasel peakontserdil Soome koorid).


 タリンの音楽祭広場は,ステージの下に様々な施設がある,観客席が固定されていない,という特徴を持ち,観客用の広いスペースが芝生になっているので,たしかに「野原」に見えないこともない。

Tallinna lauluväljak
Tallinna lauluväljak

 関連ページ: タリン合唱祭広場 - Tallinna Lauluväljak (2010/07/29)
 関連ページ: 合唱祭 - laulupidu (2010/02/12)

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コメント

誤訳といえば誤訳でしょうけど、直訳して『歌の広場』にしてしまうと、途端にスケールが小さく思えてしまいますし、
『歌の原』、トールキンの「指輪物語」(日本語訳)に出てくる各固有名詞と同じく、味があって良いと思いますけどね。

投稿: | 2012/06/30 07:49

タルトやビリヤンティの合唱祭の会場もlauluväljak ですが、やはり同じお考えですか? 私が指摘したかったのは、日本でいう「サッカー場」というのと同じ名付け方だということです。

こういうのは、数の論理で決まるので、私の個人的な見解とは無関係に定着するでしょう。でも、正論ははっきり述べておきたい気がします。

投稿: ブログの主 | 2012/06/30 08:19

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