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エストニア国籍の回復 - Eesti kodakondsuse tõendamine

 昨年 (2011)自分が1940年6月16日以前のエストニア国籍所持者の子であることを証明することによって,エストニアのパスポートを新たに取得したロシア人などが853人いるという。この生まれによるエストニア国籍の「回復」には,エストニア語の運用能力の証明の必要もないし,エストニア在住者である義務もない。

 記事: Venemaa elanikud ihkavad Eesti kodakondsust aina enam (Postimees 2012/01/11)
 記事: Arhiivis säilivad terved toatäied kodakondsusandmeid (Postimees+ 2012/01/11) [有料ページ]
 記事: Tšehhi firma müüb 16 000 euro eest Eesti kodakondsust (Postimees+ 2012/01/11) [有料ページ]

 生まれを証明する方法でエストニア国籍を「回復」したロシア人などがもっとも多いのは,旧独立国時代にエストニア領だった地域,すなわち南エストニアに隣接するペチョルイ Печоры / Petseri のあるプスコフ州 Псков / Pihkva で,ついで同じくエストニア領だったナルバ川東岸のイワンゴロド Ивангород / Jaanilinn の属するレニングラード州とそれに隣接するペテルブルク,ついでモスクワと続く。昨年プスコフのエストニア領事館支所で受理された申請625件,ペテルブルクのエストニア総領事館で受理された154件,モスクワのエストニア大使館で受理された134件,合計 913件のうちの853件 (93%) が要件を満たすと判断されてエストニア国籍を証明するパスポートの発行の対象となった。残りの60件の中には却下されたものもあるが,まだ審理中のものもあるという。

 自分が1930年代のエストニアの国籍所持者の子孫であることを証明するために必要な文書は,本人が親から受け継いでいない場合でも,最寄りのエストニア領事館に申請すれば,エストニア国内の公文書館などに保存されている記録の写しを受け取ることができる。たとえば,昨年タリンの国立公文書館 riigiarhiiv が発行した記録の写しだけで330件あり,そのうちの200件は,ロシア,ウクライナ,ベラルーシなどの外国に送られている。ただし,これらの記録をエストニア国籍回復のために十分と見なすかどうかは,警察・国境警備局の国籍・入国管理部の判断次第であるという。

 エストニアの場合,戦争でほとんどが失われてしまったナルバ市の住民台帳を除き,1930年代の各種文書のかなりのものが保存されているようである。

 エストニアの国籍の回復は,EU諸国への自由な渡航が可能になることを意味するため,代理申請を騙る詐欺も摘発されている。ペテルブルクでは,一昨年の夏,エストニア・ラトビア・リトアニアの国籍取得の仲介をすると称して,1件あたり20,000~70,000€を騙し取っていたエストニア国籍の男が逮捕された。男の「仲介」で発行されたエストニア旅券は1冊もなかったといわれる。また,16,000€でエストニア人の父親を見つけて,必要な書類を準備するサービスを提供するとしているインターネット上のサイトが,チェコのドメイン名で開設されているそうである。

 ロシアの場合,公務員の二重国籍は禁止されているが,エストニアの国籍回復をした二重国籍の住人は数千人を下らないと言われる。プスコフ州では,生まれによるエストニア国籍という武器を使って,エストニアは密かにロシアを侵略しようとしているという趣旨の報道がマスコミを通じて行われているという。

ロシア在住者      Venemaa elanik; venemaalane
憧れる          ihkama
エストニア国籍     Eesti kodakondsus
エストニア市民     Eesti kodanik
ルーツを探し求める  oma juuri otsima
証明する         tõendama
大使館          saatkond
総領事館         peakonsulaat
発行する         välja andma
大部分          lõviosa
親             vanem
家族構成,家族関係  perekonnaseis
由来する,子孫である põlvnema
ナルバ川の向こうの住人 Narva-tagune elanik
ペチョルイ在住者    petserimaalane
記入する         täitma
旅券申請        passitaotlus
国立公文書館     riigiarhiiv
情報検索        päring
生まれによる国籍   sünnijärgne kodakondsus
推計で          hinnanguliselt

1931-1932年の外国旅券発行記録を繰る文書館職員
Mare Olde sirvib Politseivalitsuse passitoimkonna välispasside päevaraa matut aastatest 1931–1932. Mõnel juhul on kodakondsuse taotlemisel abi saadud ka sealsetest sissekannetest.

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コメント

私は第二次世界大戦前の旧エストニア領だった南エストニア南東部のペツエリ(Petseri、ロシア名:ペチョルイ)やナルヴァ川東岸のヤーニリン(Jaanilinn、ロシア名:イワンゴロド)に住む、1940年6月16日以前のエストニア国籍所持者の子孫たちがエストニア国籍回復の手続きをすることは良い事だと思います。
ロシアに住むエストニア国籍を回復した人達が多くなり、南東部のペツエリ地方(Petserimaa)やナルヴァ川東岸地方のロシアによって占領されている第二次世界大戦前の、旧エストニア領土の返還の声がロシア国内から起これば、横暴なロシアも少しはエストニアの言い分に耳を傾けざるを得ないようになるのではないでしょうか。 私は何時(いつ)の日かエストニアの正義が叶えられることを応援しています。

投稿: golva | 2012/02/07 01:16

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