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20年前 - kakskümmend aastat tagasi

 エストニアでは,8月20日がソビエト連邦からの独立回復の記念日である。今年は20年目にあたり,日刊紙 Postimees が読者から当時を回想した手記 Minu aasta 1991 私の1991年 を募集し掲載している。

 特集サイト: 20 kümmend aastat (Postimees)

 この日は,モスクワで共産党の保守派が起こしたクーデターが未遂に終った日である。タリンでも,トーンペア丘に通じる道路に石のバリケードが築かれ,ナルバ方面から迫るソ連軍の戦車に備えたが,戦車が到着しないうちに,モスクワのクーデター首謀者たちは投降,クーデターは失敗に終った。

 この日,私は,おそらく日本で最初のエストニア語の夏期講習で,エストニアから日本に呼んだ言語学者と一緒に,12人ほどの受講生たちにエストニア語を教えていた。そのうちの何人かはエストニア語の専門家になって,今,エストニアで日本語を教えたり,日本の大学でエストニアの歴史の研究をしたりしている。

 記事: Miilitsa mälestused: «Minu aasta 1991» (Postimees 2011/07/14)
 関連ページ: 8月20日のタリン旧市街 (2) - Eesti Vabariigi taasiseseisvumise aastapäev (2010/09/02)

 当時,エストニアの Tapa 駅の鉄道警察署長 (当時は politsei 警察 ではなく miilits 民警と呼ばれた) だった人が手記を寄せているが,ソ連邦の各地で,共産党政権を嫌う風潮があったことがわかる。日本では今でも改革者で英雄のようにみなされているゴルバチョフは,クーデターの首謀者であったわけではないのだが,その共産党政権の象徴であり,クーデターのあとまもなく失脚し,以後もロシアではすこぶる評判が悪い。ロシアに大勢の知り合いがいるわけではないが,インテリ層で,ゴルバチョフをよく言うロシアの人には会ったことがない気がする。

民警        miilits
回想        mälestus
ソビエト連邦    NSVL
内務省       siseministeerium
支所,支部     filiaal
通信教育      kaugeõpe
鉄道警察      raudteemiilits
署長         ülem
公安警察      julgeolek
ソ連邦を離脱する Nõukogude Liidust (NSVL koosseisust) välja astuma
罵る         karjuma
語彙         sõnavara
ドア         uks
立ち聞く       pealt kuulama
解雇する      vallandama
連邦共和国     liiduvabariik
怯えた        ehmunud
クーデター      riigipööre, putš
心配する       muretsema
すべて順調     kõik on korras
歩行者        jalakäija
支持する       toetama
ビラ          trükkis
演説         kõne
バタンと音を立てる       paukutama
エストニア共和国最高会議  Eesti NSV Ülemnõukogu
モスクワで何かが起きている Moskvas on midagi lahti

1991. aasta 20.augusti mälestuskivi Toompeal.

Tallinn, 20.VIII 2010

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