心を傷つける - solvama
エストニア言語監督庁の長官 イルマル・トムスク Ilmar Tomusk 氏 の書いた児童書の本の中に,ロシア人の尊厳を傷つける内容の箇所があると,野党の中央党所属で,タリン市の助役を先ごろまで務めていたロシア語系の女性政治家ヤーナ・トーム Yana Toom 氏が批判したらしい。
記事: Toom peab Keeleinspektsiooni juhi lasteraamatut venelasi solvavaks (Postimees 2011/06/01)
この秋の新学期からのロシア語系の学校の授業の全面的なエストニア語化に強硬な反対意見を唱えてきた政治家が,2007年に出た児童書を今頃になって批判する背景には,政治的な意図があるに違いないと勘ぐりたくなるが,その方向の話はいずれ機会があったら論じることにして,問題の児童書の内容がロシア人を傷つけるものだとする主張が本当に妥当かどうか,これを確かめるために,この本を実際に読んでみよう。
児童書 Vend Johannes (ヨハンネス君) の中に出てくる話 Johannes praktiseerib võõrkeeli (ヨハンネス,外国語を実地に学ぶ) は,外国語の知識の重要さを教えていると著者は主張する。確かに,たとえば,「ロシア語を勉強しても役立たない」と考える主人公の少年ヨハンネスに,父親が次のような話をするくだりがある。
「どんな外国語の単語も役に立つ。ただいつ役に立つか,その時がこなければわからない」とお父さんは確信を持って言った。
しかし,問題はこの教えがさっそく役立ったとされる「外国語の実地訓練」の場面の登場人物の設定だが,そこには,ロシア語系の市民に対するステレオタイプのイメージがはっきりと反映されている。「エストニア語をまったく理解しない」「ロシア語しか離さない」「粗暴である」といった否定的な特徴で性格づけられるロシア語系の年上の高校生たちから暴力をふるわれ,携帯電話を取り上げられそうになっていた友だちを,主人公がスポーツで鍛えた運動能力で助けだす。ロシア語はその場面で使われる。しかも,相手がエストニア語を理解しないとわかった主人公がまず口にしたのは英語で,そのあとになって,ロシア語しか離さない高校生だとわかったとする設定は,タリンの現状を考えるなら,きわめて不自然と言わざるをえない。一度撃退された高校生たちは,しかえしをしようと主人公をつけ回すが,空手やカンフーの知識が少しある主人公にみごと撃退されてしまうのだが,これはどう見ても,インディアンの襲撃から西部開拓者の町を守った勇気あるカウボーイ,巨大な宇宙船団で地球に攻めてきたエーリアンの母船に乗り込み,爆弾を仕掛けて地球を守った勇敢なユダヤ人と黒人の2人のアメリカ市民 (映画 Independence Day) などに繰り返し出てくる構図とよく似ている同じだ。つまり,読者・観客がどちらの側を応援するよう期待されているかが,最初からみえている。
ロシア語の知識はあったほうがいい,こういう困った場面にいつ遭遇するかわからないから,というのでは,ロシア語の知識の本当の意味での重要さをエストニア人の子どもたちに教えていることにはならず,かえってロシア人に対するステレオタイプの価値観を植えつけ,増幅させるだけではないだろうか。
ハリウッド映画に登場する日本人の役どころは,平均的なアメリカ人のイメージする日本人のステレオタイプの反映であるということがよく言われるが,日本人からすれば必ずしもあまり気分のいいものではないことが多いが,その気持はアメリカ人にはまずわからない。同じ構図が,エストニアのロシア人とエストニア人の間にもあると考えると問題がわかりやすい。
トムスク氏は,この話は実話に基づくと主張している。トーム氏は,この児童書の著者が言語監督庁の長官であることを重視し,本来,公正であるべき立場の人が,偏見を助長するような内容の本を出すのは問題だとする。彼女自身が野党の大物政治家なので,この発言の裏に潜む政治的な意図の部分を額面から大幅に割り引かなければならないにしても,その上で,彼女の主張に含まれるまともな部分にきちんと耳を傾けるべきだと思う。
関連ページ: ロシア語系高校の抵抗 - üleminek eestikeelsele õppele (2011/03/19)
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心配事 mure
口をつぐむ maha vaikima
嘘をつく valetama
反ロシア人感情 venelastevastane vaen
解釈する tõlgendama
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