カミングアウト - kapist välja tulema
もともとはアメリカ英語の言い方らしいが come out of the closet 「戸棚から出る」というと,隠されていた重大な秘密が公になるという意味で,とくに,同性愛者のカミングアウトに使うようだ。この意味の come out そのものが,この表現から来ているのだろう。エストニア語でも,それを直訳した表現が使われる。
記事: Milleks tulla kapist välja? (Postimees 2011/06/12)
記事の中身はアメリカの女性セレブについての話題なので紹介しない。面白いのは,この表現が英語とはそれほど長期にわたって接触していない (と思われる) エストニア語やフィンランド語に翻訳借用されて,エ kapist välja tulema やフィ tulla kaapista のようなごくふつうの言い回しのように使えてしまうことだ。日本語にいくら英語のカタカナ語が溢れていると言っても,こうは簡単にいかない。何か宿命のようなものを感じる。
言語Aから言語Bへの翻訳というのは,AとBの表現や単語を対応させることだ。2つの言語を使う人々のコミュニティの間の付き合いが長くて深ければ,それだけ翻訳はやりやすくなるのがふつうだ。ヨーロッパの言語が互いに学びやすいのもそれと関係がある。昔,フィンランドで1か月のフィンランド語の夏期講習に出たとき,ノルウェーから参加していた仲間が「フィンランド語にはノルウェー語とほぼそのまま対応する表現がかなりたくさんある」という感想を離してくれたが,これは取りも直さず,逆もそうだということになるわけだ。
この相互の翻訳のしやすさというのは,双方の言語の文の構造が似ているだけでなく,それぞれの言語コミュニティにおける文化的な知識・習慣の共有という要素にも大きく左右される。日本人にトルコ語がむずかしいのは,ただ語順が似ているだけで,文化的な背景をほとんど共有していないからだと思われるが,他方では,ノルウェー人にとってのフォインランド語のように,文化的背景の共有があると,文法や語順が違いが,あまり理解の妨げにはならないようだ。
「戸棚から出る」というアメリカ英語的な比喩表現が,エストニア語にすんなり翻訳されてそのまま入ってしまうのは,ともに広い意味でのヨーロッパ文化圏に属している言語のためと思われる。ちなみに「押入れから出る」だったらそういう意味にならないか,と考えてみたが,うまくいきそうにない気がする。たぶん,押入れは,たとえばとっさに危難を逃れるために隠れる場所で,じっとそこに秘密を隠しておく場所としてイメージするのが日本人にはむずかしいからだと思う。「腹」を割ったり,「胸」を開くことが出来るが,「戸棚」から出てくることが出来ないのが日本文化ということになる,と言ってもいいかもしれない。
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