エストニアの歴史教科書 - Eesti ajalugu
エストニアの学校の歴史教科書は,ソビエト体制が崩壊したあと大きく変わった。
簡単に言ってしまえば,1939~1940年のソビエト連邦への併合の歴史的意味付けが180度転回した結果,独立時代 (1918~1939) とソ連邦時代 (1940~1991) の位置づけも逆転し,正義と平等を実現した理想社会であるとされていたソビエト体制が,実は,正義と平等の実現を妨げていたという歴史的評価を公式に与えられたわけだから,歴史教科書の20世紀を扱った章は,完全に書き換えなければならなかった。
日本風に言えば文科省検定を受けて高校の歴史の教科書として認定されているものとして,次の本がいちばんよく知られている。この歴史教科書にはロシア語版が出ている。
· Lauri Vahtre: Eesti ajalugu gümnaasiumile. Kirjastus Ilo, 2004. [高校のエストニア史]
· Lauri Vahtre: Eesti ajalugu vene õppekeelega gümnaasiumile. Kirjastus TEA Kirjastus, 2010. [ロシア語系高校用・エストニア史]
ロシア語版だが,表紙からはロシア語のタイトルの主要部分 История Эстонии エストニアの歴史 が読み取れるが,インターネット書店 Apollo のロシア語のページには,この本のロシア語のタイトルは書かれていないし,解説もエストニア語だけである。いよいよ,今年の秋の新学期から行われる,ロシア語系高校の授業の大幅なエストニア語化にそなえて,心の準備をしておきなさいよ,というロシア語系の学校の生徒たちに向けたメッセージかも知れない(笑)。
この教科書では,エストニアの歴史が9つの時代に区分され,それぞれの時代がさらに4~6の章に分けられている。
古代 - Muinasaeg (~12世紀: 30 pp)
中世 - Keskaeg (13世紀~16世紀半: 53 pp)
移行期 - Üleminekuaeg (16世紀後半: 23 pp)
スウェーデン支配の時代 - Rootsi aeg (17世紀: 25 pp)
ロシア支配の時代 - Vene aeg (18世紀~19世紀: 55 pp)
独立時代 - Eesti aeg (1918~1939: 42 pp)
第二次世界大戦 - Teine maailmasõda (1939~1944: 24 pp)
ソビエト連邦による占領時代 - Nõukogude okupatsioon (1944~1985: 37 pp)
自由の回復 - Taasvabanemine (1986~: 29 pp)
この教科書の本文約320ページのうちの約6割 (187ページ) がロシア領に組み込まれた北方戦争 (1700-1721) 以降の時代を扱っていて,さらにそのうちの3分の2 (132ページ) が,独立時代から現在までの100年間の歴史である。最近の300年間のうち,エストニア人がロシアの支配下になかったのは40年間 (1918-1939, 1991-2011) ということを考えただけでも,ロシアとの親密な付き合いがいかに長いかがわかる。エストニアの近現代史は,ロシアといかに付き合ってきたかという歴史といってもいいくらいだ。
ただし,スウェーデン時代,ロシア時代を通じて,実際に地元の支配をしていたのは,いわゆるバルト・ドイツ人の領主たちだったから,本当の意味でロシア人と直接付き合うようになったのは,実はソビエト体制に組み込まれた1940年代以降と考えたほうがいいかもしれない。
ロシア帝国の崩壊と独立 (1918),第二次大戦とソビエト連邦への併合による独立の喪失 (1940),ソビエト連邦の崩壊と独立の回復 (1991) ─ エストニア人のこの100年間の運命は3回大きく変わったが,最後の転回のときだけは流血を避けることができた。この20年間は苦労も多かったが,エストニア人にとって,今まででいちばん平和な混乱期だったと言えるのではないだろうか。
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