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追悼:イルセ・レヒステ教授 (1922-2010) - keeleteadlane Ilse Lehiste

Ilse Lehiste エストニア人の言語学者 Ilse Lehiste イルセ・レヒステさん【*注】が,クリスマスの日 (2010/12/25) に合衆国オハイオ州 Columbus で亡くなった。88歳だった。オハイオ大学で,音声学,言語接触の研究を行い,アメリカ言語学会の会長を務めたことがある。また,日本の工学系・医学系の研究者とも共同研究を行っている。

 記事: USAs suri keeleteadlane Ilse Lehiste (Postimees 2010/12/26)
 記事: USA-s suri keeleteadlane Ilse Lehiste (ERR 2010/12/26)
 追悼文: USA-s suri keeleteadlane Ilse Lehiste (エストニア科学アカデミー Eesti Teaduste Akadeemia)

 レヒステ教授には,5年ごとに開かれる国際フィン・ウゴル学会の分科会でご一緒したことが何度もあり,今年 (2010) 8月にハンガリーで開かれた同学会では,20世紀のエストニア語の変化についての私の研究発表について,好意的なコメントを頂いた。もっとも楽しい思い出は,1990年夏にハンガリーで開かれた学会の時,エクスカーションで同じバスになり,なんと私とレヒステ教授のふたりだけが,扇子をもっていることが偶然わかったときのものだ。

Ilse Lehiste 記事にも書かれているように,レヒステ教授の言語学的文学論の論文集 (エストニア語) がエストニアで出ている (右写真,現在品切れ)。彼女の世代で西側で活躍したエストニア人は,分野に関わらず,みな文学に造詣が深い。彼女も詩を書くことがあったらしい。レヒステ教授の話で私がよく覚えているのは,アメリカのフェミニスト女性文学研究者に対する辛口の批評である。19世紀には女性が詩人として活躍することがなかったと思い込んで,エストニアに乗り込んだアメリカのフェミニスト研究者たちが,エストニア人たちの前で自分たちの理論を披露したとこころ,エストニア人の同僚から,エストニアの詩が女性詩人の Lydia Koidla コイトラ から始まったことを指摘され,会場の失笑を買ったという。

 ご冥福を祈る。


【*注】  1922年1月31日タリン生まれ。オハイオ大学名誉教授で,オハイオ大学言語学科のホームページにレヒステ教授の業績がまとめられている。

 Ilse Lehiste's Home Page (Ohio State University)


言語学者   keeleteadlane
(合衆国の)州 osariik
名誉博士   audoktor
詩人      luuletaja
創作      looming
文学      kirjandus
哀悼の意   kaastunne

【補足】 故イルセ・レヒステさんのタリンでの告別式は2011年1月12日12時に執り行なわれるとのことである。

Ilse Lehiste

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