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Viru は Viro ではない - Viru ja Viro

 大学書林から出た『エストニア語入門』という本の巻末の語彙集に,Viru はエストニアを指すと書かれているが,これが間違いだということはすでに指摘した (「エストニア語入門」批評 2009/11/17)。エストニア語の Viru は,東北エストニアの旧国名である。現在の行政区画では Ida-Viru maakond 東ヴィル県 (ソビエト時代の Kohtla-Järve rajoon コフトラ・ヤルヴェ地区にほぼ相当) と Lääne-Viru maakond 西ヴィル県 (ソビエト時代の Rakvere rajoon ラクヴェレ地区にほぼ相当) を合わせた地域が,おおむね昔の Virumaa である。東ヴィル県で有名な都市は Narva ナルヴァ,西ヴィル県で有名な都市は,Rakvere ラクヴェレと Tapa タパである。

 関連ページ: Virumaa (Wikipedia)

Virumaa. Wikipedia. ところで,エストニア語の Viru は「エストニア」という意味だというふうに書かれているのは,この本だけではないようで,以前にもどこかで見た気がする。この勘違いが生まれた背景には,フィンランド語でエストニアを Viro と呼ぶことが関係しているのはまず間違いない。さらに,ソ連邦の国営旅行会社インツーリストがフィンランドの建築会社に発注して建てたエストニアで最初の高層ホテル Viru hotell (1972年完成,写真は2005年当時; クリックで拡大) の名前にも Viru が使われている。エストニアで外国人が泊まることのできる事実上唯一のホテルとして,1970年代から1980年代にかけて,タリンを訪れるフィンランド人観光客のほとんど全員がこのホテルに宿泊した。ホテルの中では,ロシア語と並んでフィンランド語が飛び交っていた。フィンランド人が,Viro と Viru を結びつけてしまい,「エストニア・ホテル」という意味だと受け取ったとしても無理からぬ事情があった。【*注】

 タリンの新しいホテルに Viru という名前がついた理由は簡単で,Viru väljak ヴィル広場に面して建てられたからと考えられる。このホテルの裏手は,現在 Viru Keskus と呼ばれるショッピングセンターと地下バスターミナルになっている。ヴィル広場は,1930年代までは Vene turg ロシア市場と呼ばれていて,その後何度か名前が替わったあと,1970年に今の名前に落ち着いたらしい。この広場から旧市街に向かって出ている通りは Viru tänav ヴィル通りと呼ばれている。この通りは,左右の塔だけがかろうじて残っている Viru värav ヴィル門を通って,旧市街の中の有名な Raekoja plats 市庁舎広場の手前の,旧市街では市庁舎広場に次いで賑やかな Vana turg 旧市場まで続いている。ヴィル門の名の由来は,この門を出て東に進む街道がヴィル国 Virumaa に向かっていたことから来ている。このあたりはタリン市の Viru 地区と呼んでもいいほど Viru 尽くしなのである。

 参考までに,市庁舎広場から南に向かっている通りは Harju tänav ハリユ通りと呼ばれている。この命名は,ハリユの国に向かっているところから来ている。ハリユ通りが Vabaduse väljak 自由の広場に出るところにかつては Härju värav ハリユ門があった。最近の発掘で門の土台の石が地下から発掘され,現在は道路にガラスの窓がはめ込まれて,土台の石を見ることができる。また,自由の広場の西側の丘は Harju mägi ハリユ山と呼ばれる。下の地図を見るとわかるが,現在の Harju maakond ハリユ県は,タリンの回りのかつて Rävala (Revala) ラヴァラの国と呼ばれた地域で,かつての Harjumaa ハリユの国は,むしろ現在の Rapla maakond ラプラ県と重なっている。Rävala は,もちろんタリンのドイツ語名 Reval レーファル (レーヴァル) の語源である。

 周知のように,エストニアはエストニア語では,Eesti ないし Eestimaa と呼ぶ。正式な国名は Eesti Vabariik エストニア共和国である。いずれにしても,Viru はエストニア全体を指す名前ではない。

【*】 フィンランド語とエストニア語は姉妹語で,kala 魚, käsi 手 のようにまったく同じ綴りで発音も同じという単語もかなりあるが,フィンランド語の単語の母音や子音をある規則で別の母音や子音と置き換えたりすると,エストニア語の単語になるという関係が成り立つケースが非常に多い。たとえば,

 規則1: 多音節語の語末が開音節のとき母音を落とす: järvi ⇒ järv, osto ⇒ ost

 規則2: 第2音節の o を u に換える: talo ⇒ talu, meno ⇒ menu

 規則3: 長母音,二重母音を別の二重母音などに換える: kieli ⇒ keel, laiva ⇒ laev, öö

 この3つのルールを使うと,フィンランド語の kaivo (井戸,噴水) の活用形 kaivosta (井戸から) にai ⇒ ae (規則え), o ⇒ u (規則2), -sta ⇒ -st (規則1) を順に適用すると,エストニア語の形 kaevust ができる。フィンランド語の Viro がエストニア語の Viru に対応する形であることがおわかりだろう。ただし,重要なことは,Viro と Viru の例が示すように,同じ語源の単語であることが証明できても,意味まで同じという保証はまったくない。 参考までに,Tartu タルトは,フィンランド語では Tartto で母音が o である。

 1980年代後半のソ連邦のいわゆるペレストロイカの時代の有名な政治スローガン「グラスノスチ」,ロシア語の гласность (情報公開) は,ヨーロッパ系の言語では glasnost と転写され,フィンランド語でも glasnost だった。参考までにエストニア語では翻訳して avalikustamine と呼ばれた。そのころフィンランドで流行ったジョークに,glasnost はエストニア語で,その意味は「乾杯」だというのがあった。この綴りをエストニア語風になまって発音すると klaasnost となるが,前半はエストニア語で「グラス」を意味する単語 klaas で,後半の nost は,「持ち上げること」を意味するフィンランド語 nosto にあたるエストニア語だと言うのである。ただし,エストニア語に本当にあるのは klaas だけで,nost という単語は実際にはない。

エストニアの旧国名 (地図をクリップすると拡大)
Virumaa. Wikipedia.

現在の Viru väljak ヴィル広場─ Viru hotell は右側に隠れて見えないが,国旗
が立っている。左側の低い白い建物が中央郵便局,左手前の建物は最近でき
たホテルらしい。正面に見えるのは銀行,その向こうの水色の3本柱のような建
物もホテル。道路は,前方の花壇の向こうに向かうのが Narva maantee ナル
ヴァ街道 (Virumaa に向かう),右方向へ向かうと Pärnu maantee パルヌ街道,
左方向に行くと Mere puiestee 海の公園通り。
Tallinn Viru Gate - Viru Värav

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