エストニアの生け花 - ikebana
生け花は,エストニア語では lilleseadmiskunst, lilleseade などと呼ばれる。どちらも英語の flower arrangement にあたることばである。昨年出たエストニア語大辞典に ikebana が見出し語で載っていることからもわかるように,ikebana という語のほうがエストニア語として定着しているといえないこともない。
今年の夏前にエストニア語の生け花の本が出た。本のタイトルを日本語に訳すと「いけばな - 生きている花たち」である。
Dagmar Kotli: Ikebana - elavad lilled. Kirjastus Varrak, 2010. 187 lk.
エストニアの書店の店頭には,現在, Ikebana をタイトルとするエストニア語の本がもう一冊置かれているようだが,それは英語からの翻訳本なので,エストニア語で書き下ろされた生け花の本は,これが最初で,唯一のものある。出版社のウェブサイトにあるこの本の解説を引用する。
『いけばな - 生きている花たち』は3部からなっている。
・一般的な解説,および,いけばな創作のための実践的な手引き
・著者タクマル・コトリがいろいろな時期に創作したいけばな作品の写真,および,その写真からインスピレーションを受けて書かれた Peep Ilmet の短詩
・日本の伝統的ないけばなの歴史
タクマル・コトリの『いけばな - 生きている花たち』は,出版社 Valgus (光) の注文により1980年代の前半に出版されることになっていた本である。しかし,「われわれにとって異質すぎる」考え方として,ソビエト権力は不必要とみなした。この生け花の本を出版しようとする試みは,1990年代に,また21世紀の初めにも行われたが,出版社はいずれも売れるはずがないとして興味を示さなかった。[...] 原稿が書かれた時代の空気ができるかぎり忠実に,現在のデザインや印刷技術によって再現されるよう,この本の編集に関わった者たちは心配りをした。タクマル・コトリの『いけばな - 生きている花たち』は,番号入りで1000部が印刷され,再版はない。生け花の作品の写真は,1980年代に Vello Vahesalu が撮影した。詩は,俳句作家 Peep Ilmet が 2009 年に書いた。本の装丁は Aavo Ermel による。
この本が出版される直前まで話が進んだ1980年代の初めに,日本のある小さな生け花の流派の家元が著者に送った出版のお祝いの手紙のコピーとそのエストニア語訳が巻頭に載っているかと思うと,巻末には,著名な大流派の生け花教授の免状がファクシミリで載っていたりするので,私は面白いと思うが,それぞれの生け花の流派の関係者が見たら,目を回しそうだ。特定の流派にとらわれない,生け花の一般的な解説書,あるいはガイドブックのような本は,日本的に考えると珍しいのではないだろうか。
Dagmar Kotli (1933/03/20 - 2008/01/06) の遺稿を本として出版できる形に編集したのは,彼女の次男で芸術大学出身のの Eero Kotli である。出版にあたって,日本の国際交流基金の出版助成金を受けている。
エストニアでは,生け花が芸術大学の専攻科目のひとつになっていて,陶芸学科の学生が作った花器に花を活けて,それが卒業制作になるというような伝統がエストニアでは根付いている。このような生け花のスタイルは,著者が確立して広めたものである。芸術大学の科目になったことにより,ジャンルとしての生け花の地位はエストニアでは非常に高い。著者の作品の写真のなかから私が個人的に気に入ったものを4つ紹介する。著者が使っている花器は,エストニアで作られたものである。
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