警察官のいないエストニア正教徒の島 - Kihnumaa
エストニアのキフヌ島 Kihnu は,面積 16 平方キロ,人口 500 人の島である。ひとことで形容すれば田舎である。バスやタクシーといった公共交通機関はない。車で動き回る人たちも少なからずいるが,子どもたちはもちろん,老人の女性たちは,自転車を交通機関にしている。観光客もレンタルの自転車を借りれば,南北7キロメートル,東西3キロメートルの島のあちこちへ簡単に行くことができる。ただし,道は,役場,学校,図書館,教会などの集まっている島の中心部の近くと港の周辺を除いて舗装されていない。
田舎である度合いを測る万国共通の目安として,見知らぬ者どうしが道ですれ違うときにあいさつを交わすかどうかという基準があるが,この島はこの基準を見事にクリアする。自転車に乗って学校の方に向かう子どもを追い越した時や,さっそうと自転車に乗って通り過ぎるおばあちゃんとあったときは,私も Tere! (こんにちは) とあいさつした。
教会があるが,牧師は常駐していなくて,2~3週間おきに,本土から通ってくる牧師が,そのときだけ礼拝を行ない,島民のさまざまな宗教的需要に答えるしくみが,何世紀も続いているらしい。キフヌ島は,もともとは本土と同じくルーテル派プロテスタントだったが,19世紀半ばに島民700人の9割以上がロシア正教に改宗し,19世紀の終わりには,ルーテル派はひとりもいなくなったらしい。それまでルーテル派の教会だった建物が,以後そのままロシア正教会として使われてきたので,塔の先端と十字架を除けば,建物の様式はおよそ正教会らしくない。
ソビエト体制の崩壊後,エストニアの正教徒はおおむね,ロシア人はモスクワ管轄下のロシア正教会,エストニア人はコンスタンチノープル管轄下のエストニア正教会に属する形で,エストニアの正教会は二つに分裂した。礼拝は,それぞれロシア語,エストニア語で行われる。キフヌ島のエストニア正教会の礼拝はエストニア語である。パルヌには大きなロシア正教会があって,そこでは礼拝がロシア語でおこなわれている。
民宿の女将とその仲間が,歓迎会だといってバー (酒と食事を提供する場所が3軒ほどある) に連れて行ってくれた帰りに,運転手が飲酒運転をしているので,おそるおそる聞いたら,警察官は駐在していないと教えてくれた。診療所のようなものだと思われるが,病院はあるらしい。店に行ったときに地元の女性に聞いたら,さすがに医者は島に住んでいるようだ。
テレビドラマ「本日も晴れ。異常なし ~南の島 駐在所物語~」(TBS, 2009年1月~3月) の舞台「沖縄県・那瑠美島」を連想した。「那瑠美島」のモデルとなった八重山群島の波照間島は,面積13平方キロ,人口542人なので,キフヌ島はと規模が同じくらいである。ただし,キフヌ島は,本土との距離が比較的近いのと,警察官が駐在していないという点が,「那瑠美島」とは違っている。
キフヌ島に来て2日目,少し変だな,と思ったことがある。観光客の相手をしたり,図書館,博物館,役場などで活躍している人をみると,女性ばかり,男の姿が見えないのだ。人口統計によると,島の住民の男女比は半々というし,野良仕事をしている男の姿を見かけなかったわけではないのだが,とにかく島には男が実はほとんどいないのではないかと思いたくなるほど,男が人目に付く場所に出てこない。島のバーで飲んでいる男たちでさえ,店の少数派のイメージがある。女性たちの言うところによると,男どもは男だけですることがあるのだという。なんだか面白そうな島である。
【補足】
キフヌ島は,独特の方言でも知られている。このページの一番下にある地図は,郷土資料館にあったもので,島の地名がすべてキフヌ方言の発音にしたがって表記されている。
キフヌ島の唯一の教会 (エストニア正教会)
洗礼を受けた子ども
キフヌ方言の地名表記の島の地図
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