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追悼式 - mälestustseremoonia

 14日(月)の昼,トーンペア丘の南にある Lindamägi (カレヴィポエクの母親 Linda の墓といわれる小山)にある Linda の像の前で,イルベス大統領,アンシプ首相,エルクマ国会議長らが参列して,6月の強制連行(1941年6月14日)の犠牲者を追悼する式典が催された。

 記事: Ilves: okupatsioonivõim osutus nõrgemaks meie mälust ja lootusest (Postimees 2010/06/14)
 記事: Galerii: juuniküüditamise ohvrite mälestusüritus Tallinnas (Postimees 2010/06/14)
 関連ページ: 6月の強制連行 - küüditamine (Postimees 2012/06/14)

 イルベス大統領の追悼演説の中のことばを日本語に訳してみる。

 68年前の今日未明,エストニア各地の家の玄関のドアがノックされた。身支度のためにほんの短い時間が与えられただけで,家族が引き裂かれ,見知らぬ土地への長い旅が始まった。強制連行された多くの人々には,二度と故国に戻る幸せを与えられなかった。

 ソビエト連邦の占領政権は,エストニア,ラトビア,リトアニアから,一晩のうちに45000人に上る人々を見知らぬ土地へ連れ去った。45000人の人々は,それぞれ異なる生活と運命を体験した。何千人もの母親や父親たち,子どもたちとその学校の友だち,友人たち,それに隣人たち,それぞれの運命である。

 彼らの多くにとって,その夜が愛する家族と過ごす最後の時間になった。彼らの多くにとって,家畜輸送用の貨車の鉄格子のはめられた窓からのぞき見た風景が,故国で見た最後の風景になった。

        ***

 占領者たちは,私たちの希望と市民としての勇気を破壊し,私たちがエストニア人でいようとする意志を引きちぎろうとした。しかし,占領者たちの権力より,私たちの記憶と希望のほうが強かった。私たちの記憶の中には独立の理想があり,それが私たちに希望を与え,私たちを滅びさせはしなかったのだ。

        ***

 今日,私たちは,余所者たちによる無謀な権力行使や,全体主義体制による数々の犯罪行為により命を失ったすべての同胞たちの冥福を祈っている。故国から遠く離れた見知らぬ大地で眠っている同胞たちの冥福を私たちは祈ろう。そして,エストニアのことを忘れずに,このような過酷な強制労働収容所の地獄を通り抜けて来たすべての人たちに対して,私たちは深い尊敬の気持ちを表したい。

Rahvas

Toomas Hendrik Ilves

Andrus Ansip

Linda kuju Tallinnas

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