言語監督官 (2) - keeleinspektor
エストニアの言語政策の総元締めの機関が言語監督庁 Keeleinspektsioon であることについてはすでに何度か話題にした。言語監督庁には18人の言語監督官 keeleinspektor が所属しているが,この言語監督官の仕事ぶりを,ニューヨークタイムズ紙が取り上げた (2010/06/07)。
記事: NY Times: Eesti tõrjub koolidest vene keelt
記事: Estonia Raises Its Pencils to Erase Russian (NY Times オンライン版)
記事: New York Times: Eesti tõrjub koolidest vene keelt (NY Times の記事のエストニア語訳)
昨年末のある日,タリン市の有名高校の1つとされるロシア語系の Pae Gümnaasium に言語監督官が現れ,直接授業中の教室を訪ね,教師1人につき20分程度かけて,エストニア語でこんな質問をして回った。「あなたの担当教科は何ですか?」「この学校には何年勤務していますか?」「授業の準備はどうしてますか?」質問の目的は,教師たちのエストニア語の運用能力の査察である。自分のエストニア語の知識に100%の自信のないロシア人教師たちは,言語監督官による査察を鬼のように恐れているとニューヨークタイムズ紙の記事は伝えている。
この高校の教師のエストニア語の能力が問題になるのは,公務員は,学校の教師だけでなく,バスの運転手から中央官庁の事務職員まで,みな等しくエストニア語の運用能力が十分であることを要求されるからだと,取材を受けた言語監督庁のトムスク長官 Ilmar Tomusk は強調する。「ロシアの公務員にロシア語の能力が要求されるように,エストニアの公務員にはエストニア語の知識が要求される。これは差別ではない」
ロシア語・エストニア語の両方を話すことのできる,この高校の校長 は,言語監督官は礼儀正しいし,査察の期日をあらかじめ連絡してくれ,査察の模様の見学も許されるなど,言語監督官との関係は良好であると述べる。先生たちが言語監督官による査察を恐れていることに関して,記者から「先生たちの気持ちに共感してますか」と問われた校長は「もちろんです。試験をうけるのが好きな人は誰もいませんから」と答えたという。この最後の段落は,東京印刷版 (IHT 06/09)にはない。
ニューヨークタイムズ紙のこの記事は,東京印刷版 (IHT 06/09)では,書き出しで言語監督官の仕事を「言語警察」language police と呼ぶなど,言語監督庁の役割に対してかなり批判的な書き方をしているようにも受け取れるが,その一方では,本文の中で,ロシア語のことを「エストニアのかつての植民地支配者の言語」the tongue of its former colonizer と呼び,帝政ロシア,ソビエト連邦を通じて,エストニアではロシア語の使用が義務づけられ,エストニア語が抑圧されてきた」 (For hundreds of years, the Soviets and the czars before them mandated Russian in the lands that they dominated. ... Local tongues, including Estonian, were often suppressed.)と述べるなど,エストニア人寄りの表現も用いている。
エストニアのルカス教育省 Tõnis Lukas は,エストニア人がエストニアからロシア語を排除しようとしているかのように書いてあるとして,ニューヨークタイムズ紙の記事に対して不快感を露わにした見解を述べているが,過剰反応の感がある。ロシアのノーボスチ通信社は,ルカス教育相のこういった発言を茶化すような記事をロシア語で配信している。
記事: Lukas: õpetajate keeleeksami taset ei saa alla lasta
記事: Lukas: venelased ja ameeriklased on hingesugulased
記事: В Эстонии критикуют New York Times за статью об учителях русских школ
| 固定リンク
「言語」カテゴリの記事
- エストニア語の入門オンライン・コース(2013.02.08)
- エストニア人と遺伝子研究 - Veri on paksem kui vesi(2012.10.25)
- ヘルシンキのエストニア人幼稚園 - Eesti lasteaed Helsingis(2012.10.01)
- 「エストニア語文法」のウェブ版公開中止(2012.09.21)
- エストニアのスウェーデン人 - rannarootslased / estlandssvenskar(2012.09.02)
「教育」カテゴリの記事
- ヘルシンキのエストニア人幼稚園 - Eesti lasteaed Helsingis(2012.10.01)
- ロシア語系住民の社会融合 - lõimuma(2012.03.22)
- 学校の先生たちのスト - Õpetajad streigivad(2012.03.07)
- 学校をサボる生徒の親に罰金 - koolist põhjuseta puuduma(2011.12.16)
- ロシア語系学校の抵抗 (2) - üleminek eestikeelsele õppele(2011.12.12)
「社会」カテゴリの記事
- 麻薬中毒による死 - narkosurmad(2012.11.16)
- エストニア国籍は住民の85% - Eesti kodanike osakaal(2012.09.01)
- エストニアの言語状況 - Eestis räägitakse 157 keelt(2012.08.31)
- タリン市長のブログ - Tallinna linnapea blogi(2012.07.11)
- 公式メールアドレス - ametlik e-posti aadress(2012.06.26)
「法律」カテゴリの記事
- サーレマー・ウォッカ (2) - Saaremaa viin(2011.12.18)
- 学校をサボる生徒の親に罰金 - koolist põhjuseta puuduma(2011.12.16)
- 印紙税 - riigilõivud(2011.11.07)
- ロシア語に翻訳する - vene keelde tõlkima(2011.10.22)
- 著作権保護期間の延長 - autoriõiguste tähtaja pikendamine(2011.09.11)
この記事へのコメントは終了しました。
コメント