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うそをつく - valetama

 こういう話は,朝一番に書かないと意味がほとんどなくなるのかもしれないが,今日は4月1日,うその情報を流しても,冗談として許される「四月ばか」の日である。エストニア語では arpill 「四月」ないしは aprillinali 「四月の冗談」と呼ばれる。うそを意味するエストニア語は vale,動詞は valetama「うそをつく」 である。冗談は nali, 動詞は nalja tegema 「冗談を言う」という。

 今日ニュースを見て,今年度から,児童手当が支給されるなどの話を聞いて,こういう重要なことは,明日以降に国民に話した方が間違いないのに,と思ったのは私だけではないだろう。もっとも,日本では,四月ばかに対する許容度が低いので,気をつけないと犯罪行為とされてしまうか,翌日の新聞投書欄で徹底的にたたかれるかのいずれかになるが,そこにいくとヨーロッパではずっと寛容だ。たとえば,どこかの街のスーパーで今日は全品5割引で売っているなんて噂がひろがって,噂を聞いた市民が店へ行ってみるとデマだったなんてことがあっても,市民は,やられたと苦笑いしつつ,店に入って何か買って帰ってくれたりするから,店は大喜び。たとえ店が意図的に流した偽の情報だとしても市民はむきにならずに笑って済ませる。それが日本だったらたいへんな社会問題になる (笑)

 論理学という学問がある。哲学の一部だと思われていることが多いが,論理というのは,数学の証明の基礎になっているし,コンピュータが動くしくみの根本的な考え方だから,数学の一部と考えた方がいいのかもしれないが,ともかく,論理学を勉強すると,必ず「うそつきのパラドクス」という話が出てくる。

 ある男 (女性でもかまわないが,この話ではたいてい男である) が公衆の前で「私は嘘つきです」と言ったとする。その場にたまたまいて,この男のことばを聞いたあなたは,それをどう受け止めたらいいかという一見簡単な話だが,これは,論理学の根幹に関わる問題だというから面白い。

 ここで,男がまじめな (?) 根っからの嘘つきであると仮定する。これが重要だ。いい加減な (?) 嘘つきだと以下の話はなりたたない。さて,この男がまともな (?) 嘘つきだすると,男の言うことはうそに決まっているから,「私は嘘つきだ」ということばそのものが,大うそということになり,男は自分は嘘つきではないといっていることになる。しかし,もしこの男が嘘つきでないということになると,最初に言った「私は嘘つきだ」はうそではないことになるから,結局,この男は嘘つきだということになる。ここで振り出しに戻るのだが,このままで終わらないから,永遠にこの堂々巡りが繰り返される。

 コンピュータは論理で動いているから,この嘘つきのパラドックスのような自己矛盾の情報をインプットすると,空回りして,やがてオーバーヒートし,煙を噴いて壊れてしまうことになりかねない。それが起こらないのは,こういう自己矛盾な情報をどこかで検知して,エラーメッセージがでるような仕組みができているかららしい。

 とここまできて,今言ったことはぜんぶうそ,と私が言ったらみなさんはどうしますか? 今日は4月1日です。

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