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三たび,外国人名地名のカタカナ表記について

 ロシアの Y. Kavaguti + A. Smirnov のペアが4位で終わったが,さてこのロシアの女性フィギュア選手の苗字はカタカナでどう書くべきでしょうか。彼女は,ロシア国籍になって Юко Кавагути さんになり,ローマ字表記も今は正式に Kavaguti に変更しています。これは,ロシア文字をラテン文字に1対1対応で転写したもの。日本のマスコミは「川口悠子」と書き続けていますが,もし,この女性が最初からКавагутиさんで,英語のメディアに Kavaguti で登場し,この名前で国際的に知られていたらどうなっていたか,考えてみるのも面白いと思います。

 ロシア文字で書くКавагутиですが,これは長年の慣用に従えば「カワグチ」と仮名表記するつづりになっているので,問題なさそうです。では,英語式の Kavaguti はどうか。ロシア語の名前のラテン文字転記だと知らなければ,「カヴァグティ」と仮名表記することになるんじゃないかな。もし,この表記で日本語に入っていたら,川口という日本の苗字と結びつけるのは難しいですよね。ちなみに,Smith さんと結婚した日本女性が姓を「スミス」に変え,日本のパスポートを申請したら,パスポートの氏名のローマ字表記が Sumisu になっていたため,アメリカ入国の際に同行しているご主人と姓が異なり,夫婦であることを証明できなかったというような笑い話が,かつてまことしやかに語られたことがあります。

 なぜこんな回りくどい話をしたかというと,ソビエト時代には,エストニア語の人名や地名は,すべていったんロシア文字に転写され,それをそのままロシア語風に読んで仮名転写するか,さもなければ,ロシア文字転写したものをロシア語としてラテン文字転記したものをもとに仮名転写していたからです。エストニアの首都 Tallinn は,現在ではタリンと表記するのが定着していますが,かつては「ターリン」という表記がふつうに見られました。しかも,ロシア語では Таллин で,語末の N がひとつだけ,英語の地図でも Tallin という表記のものが見られました。大学町のタルト Tartu を今でも「タルトゥー」と表記しているガイドブックなどがありますが,ソビエト時代の名残だろうと思います。日本人と結婚しているウーラさんというエストニア人の女性がいますが,彼女の名前はスカンジナビア系の Ulla で,本当は母音が短い。

 エストニア語は9母音,ロシア語は5母音(ыとиを別母音とすると6母音),しかも,エストニア語には母音の長短の区別があるのに,ロシア語の母音はアクセントがあるかないかで長さがかわって発音されてしまうことを考えただけでも,ロシア語経由でエストニア語の人名地名を日本語に入れることの無謀さは常識的に明らかですが,実際に行われていたことです。

 もっとも,エストニア語の人名地名を,直接仮名表記すれば事態が大幅に改善されるかというと,そうでもありません。たとえば,日本語も5母音の言語なので,エストニア語の母音の区別を仮名では表しきれません。また,子音の違いもあります。しかし,エストニア語の綴りや発音に直接基づいた仮名表記を考案した方がいいことは確かだと思います。

 そうそう,エストニアのスキー選手スミグンさんは,本当はシュミグンさんです。この人の姓はエストニアでは Šmigun と書かれることからわかるように,エストニア語系の名前ではなく,本当は Shmigun とすることもできたはず。しかし,S についていた楔形記号が落ちた Smigun が英語のメディアで一般化し,それをそのまま仮名転写したために「スミグン」さんになってしまいました。

 有名な作曲家のA・ペルトは,Pärt をドイツ語読みした発音で日本に入ってきました。でも,エストニア語の ä で書く母音は,英語の handbag の母音のほうに近く,直接日本語に入っていたなら「ハンドバッグ」にならって「パルト」と書くようになっていたのではないでしょうか。

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