翻訳する - tõlkima
ソビエト時代には翻訳や文学評論で,1990年代以降は社会評論・政治評論で知られたE・ソーサール (Enn Soosaar, 1937/02/13 - 2010/02/10) が亡くなった。 昨年暮れまで,日刊新聞 Postimees に政治評論で登場していたようだが,重い病気のため (raske haiguse tagajärjel) と書かれているだけで病名はわからない。
記事: Suri Enn Soosaar (Postimees 2010/02/10)
ソビエト時代末期(1980年代)のバルト三国では,芸術家や作家,言語学者などのいわゆる文化人が政治の表舞台に登場し,そのまま,ソビエト体制崩壊直後(1990年代)に国会議員に選出されて活躍,中には国家元首までなった人もいる。たとえば,リトアニアのV・ランズベルギスは音楽家として来日したことがあるし,エストニアのL・メリは作家だが,映画監督として知っている人は日本にもいるはずである。ソビエト時代,エリート学生たちには,コムソモル(共産党の青年組織)で活動して,地方自治体や国の政治や行政の分野に進むか,共産党に対し一定の距離と緊張関係を保ちながら,芸術家や作家などの道を歩むかの2つの大きな選択肢があった。ソビエト体制の崩壊によって前者のタイプのエリートが指導力を失った後も,バルト三国を担っていける優秀な人材が後者のタイプのエリートの中に十分すぎるほどいたことがはっきりとわかって,面白い。
ソーサールの専門はアメリカ文学で,E・ヘミングウェイ,W・フォークナー,F・スコット・フィッツジェラルド,B・マラマッドなど,文学の門外漢の私でも名前くらいは知っている作家の作品を多数翻訳している。エストニアでは,文学の翻訳の仕事が日本における以上に高く評価されている。外国語の文学作品をエストニア語に翻訳することと,エストニア語で文学作品を書くことのどちらもが,思想をエストニア語で正確にまた美しく表現する活動であると考えられているからだが,実際,作家として知られている人たちの多くも翻訳を行っているし,作家同盟 (Kirjanike Liit) には翻訳家も属していて,文壇での翻訳者の地位が高い。
ソーサールの文学評論では,作家同盟の機関誌 Sirp ja Vasar 「鎌と槌」 に連載 (1979-1987) された「翻訳本を読みながら」 (Tõlkeraamatuid lehitsemas) が最も有名である。作家同盟の機関誌と言っても,何もかも党の方針に従っていたわけではなく,ときに編集長が更迭されるような事件もあったと聞く。この週刊新聞は,ソビエト風の名前を嫌って,一時期,発行日にちなむ Reede 「金曜日」や,内容を表す Kultuurileht 「文化新聞] に名称を変えたが,読者離れが続き,苦肉の策として,以前の名前の最初の一語 Sirp 「鎌」をとって名前にしたところ,ようやく以前の読者が戻ってきたとも言われる。真偽の程はともかく,文芸評論の雑誌のないエストニアで,現在でも唯一の文芸誌としての地位を保っている週刊新聞である。
動詞 tõlkima 「翻訳する」の関連語には tõlk 「通訳」, tõlge 「翻訳(されたもの)」などがある。翻訳文学にあたるエストニア語 tõlkekirjandus は,名詞 tõlge の属格形と「文学」の意味の kirjandus から作られた複合名詞である。
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