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合唱祭 - laulupidu

 歌の話題が出たところで,laulupidu (合唱祭, 歌謡祭)を話題にしておこう。現在のエストニアの合唱祭がどのような催しであるかについては,インターネットに情報が溢れているので,ここでは省略する。

 エストニアの合唱祭を含め,バルト三国で19世紀の後半に始まった「民族大合唱祭」の伝統が果たした民族的,政治的な役割は,おそらくバルト三国に独特のものかもしれないが,大きな合唱祭を開催するという伝統が始まったのは,フィンランド湾周辺のバルト海沿岸地域に住み着いたドイツ人,いわゆるバルト・ドイツ人 (Baltendeutsche, baltisakslased) の文化の影響とするのが定説になっている。[参考ページ] バルト・ドイツ人による最初の合唱祭は1836年にリガで開かれ,似たようなドイツ人たちの合唱祭が,1857年にはタリンでも開かれた。これに刺激をうけたエストニア人の啓蒙知識人たちが,ドイツに倣って,エストニアでも全国各地の村々に合唱団を作ろうと呼びかけたのが,エストニのア全国津々浦々に見られる合唱の伝統の始まりとされる。

 エストニアには,5年ごとに開催される全国合唱祭 (üldlaulupidu と呼ばれる) のほかに,それぞれの地方で開かれる小規模な合唱祭がある (各地の小規模な合唱祭用の施設についてはここを参照)。小規模な合唱祭はすでに1850年代の後半から行われていたようだが,なんと言っても有名なのが,1869年にタルト (!) で開催された最初の全国合唱祭で,これがふつう,エストニアの合唱祭の伝統の始まりとされている。百科事典で調べてみると,全国合唱祭は,第1回,第2回,第4回,第5回だけがタルトで開かれ,第3回と第6回以後はすべてタリンで開催されている。

 誤解されている傾向があるようだが,最初の合唱祭は,当時のバルト三国で支配階級を形成していたバルト・ドイツ人に対抗した民族意識の発露であって,対抗する相手がロシア人に代わったのはソビエト時代のことである。最初の合唱祭の当時は,エストニア語の合唱曲が事実上なくて,ドイツ語の歌詞をエストニア語に訳して歌うなど,今考えるとそれほど格好いいものではなかったようだが,それでも,エストニア語で堂々と歌う催しに,支配層が許可を出したこと自体,当時としては画期的なできごとであったと言われる。

 ソビエト時代の合唱祭についても,インターネットにいろいろ書かれているが,いわゆる歌う革命 laulev revolutsioon として知られる1988年の合唱祭 (これは全国合唱祭の番外) までは,プログラムの最初と最後に必ずソビエト連邦やその指導者を湛える歌を歌うことが義務づけられていたと聞いている。ただし,この条件を満たせば,間にどんな歌を歌うことでも許されたというわけではなく,「民族主義的」であることを理由に歌うことが禁じられていた歌があったこともよく知られている。1988年の歌う革命の合唱祭が画期的だったのは,このタブーを破って,公式の場所では禁じられていた,独立時代の青黒白の三色の国旗を振りながら,独立時代の国歌 Mu isamaa, mu õnn ja rõõm を半世紀ぶりに大合唱したことである。そのときの映像がビデオで残っているが,国歌の合唱の場面では,紙切れを手に持って見ながら歌っている若者が大勢いるようにみえる。あるいは,国歌の合唱はその場のなりゆきで「赤信号,みんなでわたれば怖くない」的に歌われてしまったのかもしれない。なお,歌う革命の合唱祭の観客席には,当時のエストニア共産党中央委員会議長 V・ヴァリヤス(Vaino Väljas)が夫人同伴で座っており,司会者が観客にそのことを知らせている。人民戦線 (Rahvarinne) の運動の始まって間もないころだが,エストニア共産党がまだ改革の手綱を握っていた時期であることがはっきりとわかる。

 面白いもので,三色旗がエストニアのシンボルとして解禁されると,どの家でも,「タンスの奥」や「屋根裏」にこっそり隠してあった国旗を引っ張り出してくればよかったから,民族旗の掲揚の機会が到来しても,ほとんど困る家はなかったようである。たたみ目が黄ばんだ国旗が見られたのも懐かしく思い出される。

 ソビエト体制が崩壊してもうすぐ20年になる。最近の合唱祭の様子は直接知らないが,いろんな映像を見る限り,民族の平和的な示威行動としての意味はすっかり薄れて,すっかり国民の娯楽的な催しに変わっているという印象を受ける。

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