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兵士アリョーシャと美女アニュータ

 タリンのエストニア国立図書館の向かいの公園に「アリョーシャ」という愛称で立っていたロシア兵士の銅像(公式名「タリン解放者たちの記念碑」)の軍人墓地への移転(2007年4月26日~30日)が行われてから早くも2年半。移転後,記念碑のあった一角は平らにされ,夏は一面の花畑になるこの公園を斜めに横切って,まっすぐな歩道がつけられています。

 金曜日(11月6日)の夜,兵士の銅像(Pronkssõdur)があったあたりに雪だるま美女が出現,通行人を楽しませてくれたそうです。残念なことに,数時間後の深夜,酔っぱらいのロシア人の若者たちによって壊されてしまったとのこと。何とも無粋なやからです。

 記事: Aljoša asemel kerkis Tõnismäele kelmikas Anjuta (Elu24 2009/11/07)

 ソ連時代にタリンやタルトの街のあちこちに建てられた銅像は軒並み撤去されたけれど,一部は博物館で見ることができます。スターリンの銅像も見たことがあります。墓地に移転はされたものの,ロシア兵士の銅像は,ソビエト時代の銅像の中では数少ない(あるいは唯一かもしれない)現役です。

 兵士と娘と聞くと,私は何となく,ソビエト時代風ロシア・メルヘンという感覚で受けとめてしまうのだけれど,根拠があってそうしてしまうのかどうか分からない。雪だるま美女の名前は,誰が名付けたのか知れないけれど,アニュータだったらしい。

 ちなみに,このアリョーシャ像の前に,(おそらくピオネールの)少女が(本物かどうかわからないけれど)銃を持って,衛兵として立っているのを見たことを思い出しました。80年代ももう終わりのころだったと思います。

【補足】 写真へのリンクをつけました (2010/04/03)

Anjuta

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