「エストニア語入門」批評
大学書林から出た『エストニア語入門』という本が話題になっているようだ。しかしこの本,内容的にはかなり危なっかしい。
表示カバーには本のタイトルが日本語とエストニア語(?)で載っているが,このエストニア語 Eesti keele sissejuhtus からして奇妙である。sissejuhtus とうい単語は,今年出たエストニア語の大辞典にも載っていない新語(?)である。「入門」という意味のエストニア語は sissejuhatus で,この単語は Sissejuhatus eesti keelde 「エストニア語(への)入門」のように使うのがふつうである。
発音は音声記号とカナで解説されている。疑問代名詞 mis「何」,kes「誰」,疑問小詞 kas「~か」の発音が,「ミーィス」「ケーェス」「カーァス」というのはどう考えてもおかしい。だいいち,ほとんどの読者はどう読むのか戸惑うのではないだろうか。この2つの語の発音は,エストニア語の綴りの原則に従えば miss, kess, kass と綴られるべき語で,母音は短い (p.9-10)。
綴りが uua, uue, aua, oua の場合,長母音や二重母音が短くなってuwa, uwe, awa, owa のようになることはなく,長母音,二重母音はそのままで,uuwa, uuwe, auwa, ouwa と書きたくなるような発音になる(p.3, 13)。
「(鉄道などの)駅へ」は jaama で jaamale ではない (p.97)。旅客ターミナルという意味の「空港」は lennujaam で,lennuväli は飛行機の発着のための広い空間を指して「飛行場」「飛行機発着場」。国内線の定期便がいつも飛んでいるのがタリン・サーレマー間だけのエストニアでは,外国人が利用するのは,事実上,空の玄関のタリン空港だけと考えていいので,「空港へ」は lennujaama と覚えておくことをおすすめする (p.98)。
疑問副詞 millal は,巻末の語彙集に載っていないが,「何時に,いつ」という意味で,「どのようにして」の意味はない (p.98)。
動詞の asuma は「~にある,位置する」という意味。フィンランド語の asua「住む」と混同しないこと (p.224)。
固有名詞 Viru は,ナルヴァ やラクヴェレのある東北エストニアの地域名で,フィンランド語の Viro とは異なりエストニア全体をささないから「エストニア」と訳すのは誤り。Viru maakond「ヴィル県」という県名以外では,単独で用いられることはほとんどなく,Virumaa と呼ばれるのがふつう。
名詞 kinoは「映画」というより「映画館」。したがって kinnoは「映画へ」より「映画館へ」「映画を見に」と訳すほうが分かりやすい (p.233)。kino はジャンルとしての映画の意味もあるが,個々の作品としての映画は kinofilm ないし film というのがふつうである。
名詞 mees は「人,男」ではなく,「男,夫」という意味と覚えるのが無難 (p.242)。辞書には「人」という意味とされる用法が載っていないわけではないが,文脈がないと「人」という意味にはとりにくいので初心者は気にする必要ないだろう。
今は,とりあえずこのくらいで。
【補足】 「エストニア語入門」の著者は昨年末,故人となり,改訂版が出るかもしれないという期待は残念ながらなくなった。マイナーな外国語は大事に扱ってほしいという気持ちは変わらない。 (2010/10/27)
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