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ナルバにピョートル一世の銅像?

 大国を中心とした世界史では,ピョートル一世 (ピョートル大帝, 1655~1725) はロシアの名君として描かれます。ちなみに,徳川幕府の八代将軍吉宗 (1684~1751) とだいたい同じころの人ですね。

 ロシアをヨーロッパ列強の一員とし、スウェーデンからバルト海海域世界の覇権を奪取してバルト海交易ルートを確保。また黒海海域をロシアの影響下におくことを目標とした。これらを達成するために治世の大半を大北方戦争に費やし、戦争遂行を容易にするため行政改革、海軍を創設を断行。さらに貴族に国家奉仕の義務を負わせ、正教会を国家の管理下におき、帝国における全勢力を皇帝のもとに一元化した。また歴代ツァーリが進めてきた西欧化改革を強力に推進し、外国人を多く徴用して、国家体制の効率化に努めた。1721年には大北方戦争の勝利を記念して、元老院にインペラトールの称号を贈らせ、国家名称をモスクワ大公国からロシア帝国に昇格させた。ロシアを東方の辺境国家から脱皮させたその功績は大きい。 [出典: ウィキペディア]

 しかし,もともとバルト海の東岸に住んでいたバルト・フィン系の先住民たちの目から見れば,スウェーデンと競ってこの地を勝手放題に荒らし回る迷惑なよそ者だったということを忘れるべきでないのは,北米の西部を「開拓」したヨーロッパ人,北海道を「開拓」した日本人たちの「功績の大きさ」を手放しで語ることができないのと同じです。北米が英語化され,北海道が日本語化されたように,イングリア地方もロシア語化され,今や,ネヴァ川 (Neva) の名前の由来が,バルト・フィン系の言語であることも知らない人たちばかりになりました。

 歴史談義はともかく,エストニアでもっともロシア人が多い町ナルバの市議会が,この町にピョートル一世の銅像を建てることを決めたそうです。正確に言うと,銅像 [写真] は,ロシアの財団の援助ですでに出来ていて,その設置を市議会が承認したということのようです。ただし,設置する場所は未定。ピョートル一世の銅像については90年代から議論が行われており,2006年からは,そのための準備が市議会議長ミハイル・スタルヌヒン氏に一任されていたそうです。

 エストニアのアントルス・アンシプ首相は「この地域で恐怖を振りまいたロシア皇帝の像を建てるなどもってのほか」と批判的な発言をしているそうですが,本来,このような記念碑を建てること自体に違法性があるわけではないので,銅像は早ければ今月中にも設置される場所が決まるようです。[新聞記事と映像]

 映像では,銅像設置の根拠と意義について,市議会議長が流ちょうなエストニア語で語っているほか,ナルバ川の対岸のロシアが少し写っています。

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