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キリル文字で書くエストニア語

 エストニアの国歌を歌うことが禁じられていたソビエト時代,事実上の国歌の役割を果たしていたリーティア・コイトゥラ (Lydia Koidula) の「私の愛する祖国」の有名な出だしの文 「私の祖国は私の愛する大切なもの」をキリル文字で転写したある画像が,新聞 Postimees のサイトに載っています。

Mu isamaa on minu arm.
 Mu isamaa on minu arm - Му исамаа он мину арм

 エストニア語がキリル文字で書かれるようにならなかったのは,ドイツの文化圏に属してきたためです。文字は,文化圏,とくに宗教的な伝統の違いをそのまま表すことが多いです。この意味では,カレリア語はキリル文字で書かれても不思議はなかったのですが,フィンランド語の影響でラテン文字で書かれます。

 ところで,このカレリア語がスターリン時代にキリル文字化されかけたことがありました。たとえば 1939 年には,アンデルセン童話集のカレリア語訳がキリル文字表記で出版されています。

 Оли конза-лиэне муаилмас каксикӱммен вийзи тинахиста солдаттайста. 昔あるところに,25体の錫の兵隊がいました。

 表記が変わるとまるで違う言語であるかのような印象を受けますね。

 ロシア革命のあと,ソビエト時代の初期に書きことばを得たロシアのウラル系の言語は,最初はラテン文字でしたが,1930年代になってキリル文字に移行し,現在でもそのままというのが多いです。カレリア語は,そうはなりませんでしたが。エストニアが独立しないでそのままロシアにとどまっていたら,あるいはエストニア語にもキリル文字化の流れが押し寄せていたかもしれません。

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