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ロシア語での応対を拒否した警察交換手に戒告

 「料金の支払いを拒否されている」と,ロシア語で110番電話したところ,警察の交換手に,エストニア語で話すように命じられ,相手にしてもらえなかったと苦情を述べたタクシー運転手のことを(10月7日に話題にしました。その交換手が戒告処分 (noomitus) をうけたそうです。[記事]

 ちなみに「戒告」と訳した noomitus はもっとも軽い処分のようなので,「訓告」,あるいは「口頭注意」にあたるかもしれません。「警察の交換」というふうに訳した dispetšer は,電話を受けて現場にパトカーを向かわせるよう手配する部署のようです。日本の警察でこれに相当する部署はなんと呼ばれているのでしょうか。

 記者会見では,警察の報道担当者が,「110番通話では,エストニア語,ロシア語のどちらで話すかに関係なく助けをもとめることができる」と強調したようです。

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エストニアの新型インフルエンザ患者数

 エストニアでは,新型インフルエンザの患者数が先週70人になったそうです。このうち外国での感染は42人。15~30歳の感染者がもっとも多く,また感染者の60%が女性。入院したのは11人。[新聞記事]

 日本と比べるとずいぶんとのんびりしている気がするけれど,人口比にすると,エストニアの70人は,日本の5000~6000人に相当します。流行はこれからなんでしょうか。

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ロシア語吹き替え - esimeseks valikukeeleks vene keel

 日本では,外国の映画は,映画館では音声は原語のまま,日本語は字幕,テレビではドラマも映画もほとんどが吹き替えで,原語の音声を聞きたい時は副音声として選びます。ただし,ステレオ音声対応のテレビが普及して,日本にいて外国の有名俳優の肉声をふつうに聞けるようになったのは,1980年代のことではないかと思います。

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キリル文字で書くエストニア語

 エストニアの国歌を歌うことが禁じられていたソビエト時代,事実上の国歌の役割を果たしていたリーティア・コイトゥラ (Lydia Koidula) の「私の愛する祖国」の有名な出だしの文 「私の祖国は私の愛する大切なもの」をキリル文字で転写したある画像が,新聞 Postimees のサイトに載っています。

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エストニアの警察の対応が批判される

 金曜日の深夜,警察に110番し,料金の支払いを拒否されて困っていると,ロシア語で助けを求めたところ,交換手からエストニア語で話すように命じられ,まともに対応してもらえなかったと,翌朝書面で警察に苦情を訴え出たタクシーの運転手がいる。[記事1][記事2]

 支払を拒否した乗客についてはなにも書かれていないが,おそらく,エストニア語でサービスを受ける権利をたてに,わかるようにエストニア語で説明してくれとからんだものと思われる。この乗客は,運転手がもたもたしている間に姿をくらまし,まんまと乗り逃げしてしまったという。

 応対に出た職員のロシア語の運用能力が不十分だったことと,応対のしかたに問題があった可能性があることを警察側は認め,交換手に対する懲戒を視野に置いた内部調査を行っていると発表した。

 交換手は13人のシフトをとっているが,ロシア語の運用能力をもつ職員を配置いているほか,英語で対応できる職員も何人かいる,と警察は弁解する。また,ロシア語の運用能力が不十分な職員には,研修目的で東ヴィル県での勤務を命じることがあるという。

 一方,タクシー運転手にも,初歩的ではあるが一定の水準のエストニア語の運用能力が法律で義務づけれられている。乗り逃げはまず検挙されないだろうから,警察に苦情を訴えたこの運転手は,かえって藪を叩いた結果になって,自分のエストニア語の運用能力の不足を明るみに出してしまい,針のむしろのような週末を過ごしたものと思われる。

 二言語併用の社会で起こるトラブルの例だが,カナダのケベックでも,駐車違反の通知がフランス語で書かれていないといって罰金の支払いを拒否し,裁判にまで持ち込んで争った例があると聞いたことがある。ただケベックの場合は,住民にフランス語でのサービスを受ける権利が保障されているが,エストニアのロシア語系住民には同様の権利の保障がないという違いがあり,この差は大きい。

 それにしても,エストニア語でサービスを受ける権利をたてに乗り逃げをする「確信犯」はたちが悪い。

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エストニアで作られたネット教材

 インターネットの一般への普及で有名なエストニアですが,インターネットで無料で利用できるネット教材がたくさん作られて公開されています。[ ネット教材のリポジトリ ]

 ほとんどがエストニア語のもので,レベルもいろいろですが,英語やロシア語のものも少しあります。日本人が興味をもてるものとして,たとえば,バルト三国の歴史の講義 (英語) はどうでしょうか。

 19世紀まで
 20世紀

 講師はタリン大学の先生のようですが,エストニア人の英語なので,ちょっと危なっかしいのと,映像が小さいのが私はやや不満に思いましたが,2時間でバルト三国の歴史が勉強できるので一見の価値があると思います。

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エストニア言語監督庁の活躍 - Keeleinspektsioon

 エストニアでは2週間後に地方選挙の投票日を控え,対立政党の支持者に対するハラスメントではないかというような出来事が起こっている。主人公は「正しいエストニア語」を守る役所であるエストニア言語監督庁 Keeleinspektsioon である。

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訃報:作家 Vladimir Beekman (1929/08/23 - 2009/10/03)

 エストニア作家同盟会長で作家の Vladimir Beekman が80歳で亡くなった。[新聞記事]

 V・ベークマンは,スウェーデンのリンドグレーン (Astrid Lindgren) やフィンランドのトーベ・ヤンソン (Tove Jansson) の作品のエストニア語への翻訳でも知られている,

 新聞記事には,V・ベークマンが作家 J・クロス (2007年12月没) の80歳の誕生パーティ (2000) の会場で,故レンナルト・メリ大統領 (2006年3月没)と談笑している写真が掲載されている。

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*追記(2009/10/05): 児童書の翻訳を褒めるものの,作家としての作品のイデオロギー(共産党員だったかもしれない) を否定的に評価する読者のコメントがあった。ソビエト時代に作家同盟という組織が果たしていた政治的役割を考えれば,こういった評価が出ても当然かもしれない。

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エストニア人の外国語の知識の国際比較

 9月26日は「ヨーロッパの言語の日」だったそうですが,それに合わせて,ヨーロッパ諸国の国別の外国語の知識の比較が公表されました。エストニア外務省の公報 ( Estonian Review 34/2009) をもとに数字をまとめてみました。ここでいうエストニア人とは,エストニアに住む人々という意味で,ロシア語系の人々も含んでいます。

 25~64歳のエストニア人の55.9%が,母語のほかに2言語ないしそれ以上の数の言語を話すと答えたのに対し,母語しかできないと答えた人が13.6%いました。

 「母語+2言語以上」の割合がいちばん高かったのは,スロベニアの71.8%,次いでスロバキア68%,フィンランド67.9%,リトアニア66.1%と続き,エストニアは5番目です。エストニアの次は,ラトビアの54.9%なので,バルト三国がまとまって上位にいますが,上位を占めた国が,フィンランド以外すべて旧ソ連・東欧の国というのは興味深い結果です。

 他方,東欧諸国の中には,母語以外の言語を知らないと答えた割合が高い方の上位に登場する国もあります。「母語だけ」の割合がいちばん高いのはハンガリーで75%,次いでポルトガル51%,スペイン47%,ブルガリア44%,ギリシア43%となっています。ハンガリーがヨーロッパの中で,いちばん外国語の知識が少ない人々が住む国ということになります。

 英語は,EU諸国の3分の2で,もっともよく知られた第2言語。ロシア語がもっともよく知られた第2言語なのは,バルト三国,ポーランド,ブルガリアで,中でもリトアニア人がもっともよくロシア語ができるという結果が出たそうです。

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ナルバにピョートル一世の銅像?

 大国を中心とした世界史では,ピョートル一世 (ピョートル大帝, 1655~1725) はロシアの名君として描かれます。ちなみに,徳川幕府の八代将軍吉宗 (1684~1751) とだいたい同じころの人ですね。

 ロシアをヨーロッパ列強の一員とし、スウェーデンからバルト海海域世界の覇権を奪取してバルト海交易ルートを確保。また黒海海域をロシアの影響下におくことを目標とした。これらを達成するために治世の大半を大北方戦争に費やし、戦争遂行を容易にするため行政改革、海軍を創設を断行。さらに貴族に国家奉仕の義務を負わせ、正教会を国家の管理下におき、帝国における全勢力を皇帝のもとに一元化した。また歴代ツァーリが進めてきた西欧化改革を強力に推進し、外国人を多く徴用して、国家体制の効率化に努めた。1721年には大北方戦争の勝利を記念して、元老院にインペラトールの称号を贈らせ、国家名称をモスクワ大公国からロシア帝国に昇格させた。ロシアを東方の辺境国家から脱皮させたその功績は大きい。 [出典: ウィキペディア]

 しかし,もともとバルト海の東岸に住んでいたバルト・フィン系の先住民たちの目から見れば,スウェーデンと競ってこの地を勝手放題に荒らし回る迷惑なよそ者だったということを忘れるべきでないのは,北米の西部を「開拓」したヨーロッパ人,北海道を「開拓」した日本人たちの「功績の大きさ」を手放しで語ることができないのと同じです。北米が英語化され,北海道が日本語化されたように,イングリア地方もロシア語化され,今や,ネヴァ川 (Neva) の名前の由来が,バルト・フィン系の言語であることも知らない人たちばかりになりました。

 歴史談義はともかく,エストニアでもっともロシア人が多い町ナルバの市議会が,この町にピョートル一世の銅像を建てることを決めたそうです。正確に言うと,銅像 [写真] は,ロシアの財団の援助ですでに出来ていて,その設置を市議会が承認したということのようです。ただし,設置する場所は未定。ピョートル一世の銅像については90年代から議論が行われており,2006年からは,そのための準備が市議会議長ミハイル・スタルヌヒン氏に一任されていたそうです。

 エストニアのアントルス・アンシプ首相は「この地域で恐怖を振りまいたロシア皇帝の像を建てるなどもってのほか」と批判的な発言をしているそうですが,本来,このような記念碑を建てること自体に違法性があるわけではないので,銅像は早ければ今月中にも設置される場所が決まるようです。[新聞記事と映像]

 映像では,銅像設置の根拠と意義について,市議会議長が流ちょうなエストニア語で語っているほか,ナルバ川の対岸のロシアが少し写っています。

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ペリメニの商品名にイタリア大使館から苦情 - pelmeenid

 エストニアの東ヴィル県 (Ida-Virumaa) の業者が製造したペリメニ (ロシア風水餃子) の商品名「マフィア」に対して,イタリア大使館がエストニア外務省に抗議したそうである。

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エストニアのセトの伝統歌謡 - seto leelo

 セト Seto (標準語では Setumaa) は,エストニア人のとっての「カレリア」。地理的には,現在はロシア領のペツェリ Petseri (ロシア語名 Печоры) の周辺から南に広がる地域が歴史的にセト Setumaa と呼ばれ,南エストニアのヴォル県 Võrumaa もここに含まれる。

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